塩田千春/高橋妙佳

作品作家研究 2011.11.22 (後半)

発表者:高橋妙佳

書記:風早小雪


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書記の風早です。
今回は二人発表者がいたこともあり、ディスカッションの時間が少なかったので、塩田千春の作品、高橋さんの作品についてブログの方でもディスカッション等できれば良いなと思います。
また、席が遠かったため聞き取れなかった部分もあるので補足等ありましたらよろしく御願いします。

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塩田千春
1979年生まれの大阪出身の現代作家
京都精華大学卒業後、オーストラリア国立大学、ハンブルク美術大学、ブラウンシュバイク美術大学に留学し、ベルリン芸術大学(UDK)にてレベッカ・ホルンに師事。
http://www.chiharu-shiota.com/jp/

パフォーマンスやインスタレーションをする作家で、女性性をテーマとし、内面的な物や体験を作品化し、見る人にとっても体験できるような制作をしている。

<作品紹介>
「絵になること」
絵になること

学生時代の作品で、赤い塗料を被り、自分自身が絵画になるという作品。


「バスルーム」
バスルーム

人が使っていたバスタブを使い、泥を入れて入浴したり、泥で顔を洗ったりするパフォーマンス
洗っているのが汚しているのか


「皮膚からの記憶」
皮膚からの記憶

シャワーで泥のついたドレスを洗い流す作品
洗っても洗っても拭い取ることのできない皮膚に張り付いた記憶


「眠っている間に」
眠っている間に

精神病棟から持ってきたベットを並べ、糸を張り巡らす
そこで作家が寝たりするパフォーマンス作品


<作品を見ての感想>
メタファーっぽい作品。
ストーリーを視覚化するような作品が多いように思える。


Q.なぜ塩田千春を選んだのか?
女性作家のパフォーマンスは自分を傷つけたり、泥を付けたり等の感覚的、フィジカルなテーマを扱っている人が多い。
自分の体を使ったパフォーマンスが多い→リアリティの追求。女性のリアリティ。

<例1>自分の血を使って、雪を降らしたり、汗でソルティドックを作って飲む作品。
<例2>カミソリで切ったりする作品
<例3>男性の作家で、作家に対して友達(?)に銃を撃たせて、記録を作るという作品を作った人がいる

Q2.塩田千春と高橋さんの作品の関連性について
身体、女性性に最近興味がある。
自分の身体は器みたいに感じる。

自傷行為の感覚(高橋さんの作品に関して)
→銅版画は版に傷をつけて描画する。傷を付けたところにインクが詰まり、刷るとったときにイメージになる。
銅版画に自分を象って描くということは直接的ではないが、自分自身を傷つけている感じ。

塩田千春の作品のように自分自身をテーマとするなら、絵画的な表現よりもパフォーマンスの方が伝わりやすいのではないか。

<例>イブ・クライン
http://ja.wikipedia.org/wiki/イヴ・クライン
<例>入れ墨を入れる映像作品
<例>ボディペインティングの作品

Comment

参考作品を貼ってみます。
たとえば男性アーティストの自傷系作品。
授業でも出たクリス・バーデンの'The Shoot'(銃で撃つ作品)
http://www.youtube.com/watch?v=JE5u3ThYyl4&feature=related

ボディーペイントで剃刀を貼付けたりするギュンター・ブルス
http://www.youtube.com/watch?v=8kiAG1M67Io&feature=related

このへんは70年代の過激系パフォーマンスが有名なウィーン・アクショニズムの作家。

わりと最近だとテクノロジー/身体拡張系のステラークとか。
吊られたり、腕に耳型のインプラントしたり。
http://www.youtube.com/watch?v=45MOlsFGSHI&feature=related
  • 2011/11/26 00:42
  • 大坪
  • URL
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参考作品2
以下女性作家の作品。
上ふたりと同時代の作家、ヴァリー・エクスポート。
(ヘルマン・ニッチュ、ポール・マッカーシーとのコラボっぽい)
http://www.youtube.com/watch?v=hmnVTPR1K8o&feature=related

オノ・ヨーコとか
http://www.youtube.com/watch?v=F2IgqYiaywU&feature=related

オルランの「聖オルランの再生」とか
(名画に描かれた女性をモデルに美容整形をくりかえしている)
http://www.youtube.com/watch?v=AV1EAjylb7g&feature=related

あとはマリーナ・アブラモヴィッチ。
これは「芸術は美しくなければならない」と言いながら髪をとかしつづける作品。シンプルだけどけっこう暴力的。
http://www.youtube.com/watch?v=VE6Te030rlM&feature=related


なんとなくですが、女性作家は被虐的な傾向があるような・・・
エクスポートの作品がわかりやすいけど、見られたり、抑圧されたり、拘束されたりするジェンダーの問題。やっぱり社会的なものと切り離せないのかも。
  • 2011/11/26 00:43
  • 大坪
  • URL
  • Edit
スケールから、ジェンダー、性の話になりましたね。
塩田千春自身は自分の作品について「女性性」(この言葉自体曖昧な言葉だけど)を意図したようなことはあまり言ったことが無いように思います。
作家本人曰く、張り巡らされた糸や泥は拭えない潜在意識のメタファーのようです。
とはいえ、分かりやすく「女性的な」作品ですよね。
でも、わたしも自分の作品が「女性的」だと自分ではあまり思ったことが無く、人に指摘された時に戸惑ったということがあったので、どこまで潜在的なものかは・・・謎です。
ただ、女性が自分の身体や、自分にまつわるものを直接作品に組み込んだ時、身体が女性的な体つきだったり、スカートや人形であったりすれば、歴然と女性的になる要因にはなるかもしれないです。(その「もの」の扱われ方にも女性的なる要素はあるけど。例えば、自分の身体を「自傷する」とか。)
つぼちゃんの、参考文献、参考にしますー。
まだ見てないけど、男性と女性では「自傷する」ことの意味合いも少し変わってきそうに感じる。それは、もしかして、エクスタシー(身体的快楽)の感じ方の違いなのかなと今ふと思いました。
  • 2011/11/26 12:11
  • 高橋
  • URL
あ、思い出した
全然、関係ないけど、体育系の座学で同性愛者の方にお話して頂いた時に「ゲイの方ってアート系の人が多いんですか」という質問があって、彼は「そんなことはないと思うけど、自分がゲイと自覚した時に、意識的か無意識的か、ステレオタイプなゲイに自分の趣味が寄っていく(服がゲイっぽくなるとか)人もいることにはいると思う。」と言っていたのを思い出しました。
これ「『女性的/男性的』はどこまで潜在的なものか」に通じる話かなーと。

人は自分の性を自覚したときに「男の子/女の子らしくしなきゃ」(もしくは意識的に自分の性に反発しようと)と多少なりとも思うものなのかもしれません。

まじ余談でした。

  • 2011/11/26 12:45
  • 高橋
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