新国誠一

大学院 油絵学科 1年 小林礼佳

新国誠一を紹介します。
1925年、新国誠一は仙台で生まれる。1952年詩誌「氷河」の同人となり、詩人としての活動を本格的に開始する。その後、「氷河」を脱退し「文芸東北」の同人となる。その頃から「象音詩」に繋がるものを発表する。1963年に刊行された『0音』では、はじめて「象形詩」「象音詩」という概念を提示する。しかし新国がやっていたことはアルファベット語圏のコンクリート・ポエトリーとほぼ同じ方法にたどり着くことになる。コンクリート・ポエトリーとは、「視覚詩」とも呼ばれ、文字や色面で表現される詩のことである。海外の動向を知るうちに目指す世界のあまりの類似に衝撃をうけ、国際的な運動に身を投じるようになる。1964年には「芸術研究協会(ASA)」を結成し、同名の機関誌を発行しながら世界各地の展覧会に参加する。世界的に重要な詩人の一人として位置づけられており、日本やドイツの教科書などにも作品が掲載されている。

右 窓  左 空隙
新国誠一 作品4_convert_20120114182130_convert_20120114185556


例えば「窓」(上の右)という作品では目、首、見という漢字を使いながら形を作り、違う意味に置き換えてしまうのが面白いと思った。同じ言葉や漢字をつなげると漢字の意味が抜き取られ、違うものに見えてくる。「空隙」(上の左)は字と図の関係を気にして作っているのがわかる。漢字の隙間に着目して空間を作るという発想が面白い。「さみだれ」(下の右)と「悪魔払い」(下の左)では、密集して言葉を配置するか、間隔をあけて配置するかで空間の大きさも変わる。
漢字は一文字だけで自立するが、組み合わせ方や並び方で他の意味も含ませたり、逆に意味を抜き取ってしまうようなことをやっている作家だと思った。

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