20111011トーマスルフ

(書記の高橋です。今日の授業内容をまとめようと思ったのですが、ノートを大学に忘れたので、覚えていることだけ、箇条書きでフィードバックしたものを仮に載せています。ちゃんとしたものは明日掲載しなおすので、これを読んで気づいたことや授業で言えなかったことなどがあればコメントよろしくです。すいません><)

今日は西川さんの紹介したトーマス・ルフを取り上げました。
トーマス・ルフの「星」シリーズから「交通手段や情報つ新技術の発達によって、我々のリアリティはどう変わったか」という話題に・・・
ルフはありのままの生活空間を被写体にした「インテリア」シリーズから、出来るだけニュートラル(白バック、無表情、正面)に人物を撮影し、無個性な写真が却って被写体の個性を浮き彫りにする「ポートレイト」シリーズに移行。「ポートレイト」シリーズが「ファシズム的だ」との批評を受けて、より「ファシズム的に」と既存の写真からピックアップしたポートレイトをデジタル加工し、目の青いポートレイトの「ブルーアイズ」シリーズを発表。結果、ファシズム的というよりは、現代の遺伝子操作に似た行為となる。その他、報道写真のキャプションを外し「報道写真は報道写真になりえるのか」を問いかけた「報道写真」シリーズ、インターネット上のポルノ画像を加工しインクジェットプリントで出力した「ヌード」シリーズ、カラーコミックを拡大した「基層」シリーズ、肉眼では見ることのできないものを現代の科学技術によって撮影した写真を使った「星」シリーズなど。

※「ヌード」シリーズについて
なぜポルノ写真を取り上げるのか
アンディ・ウォーホル
-同じ(または似た)イメージが連続することでイメージの持つ意味が消失する

※写真と絵画
写真の出現による絵画の変化
絵画に依存しない写真のあり方、写真のモダニズムとは

※自分で撮影した写真ではなく報道写真やインターネット上の画像を使い作品化することについて
絵具もまたレディメイドである(デュシャン)
デュシャン以降はすべての作品がレディメイドになってしまった(リヒター)
逆に「自分がつくった」作品はどこまでが「自分がつくった」と言えるのか


※人は目ではなく、脳でものを見ている。機械は目(記憶)を代行する。

※絵画、美術史へのオマージュ?パロディ?
写真や画像をキャンバスにインクジェットプリント出力/展示形態は額装に壁面展示
絵画(油絵)は木枠に張られたキャンバスに絵具が付着した物体である。しかしながら、絵を見ようとするとその物質性は見えなくなり、物質性に着目すると絵は見えなくなる。

※著作権/肖像権について
カオス・ラウンジ騒動
ながさわたかひろのプロ野球シリーズにおける野球選手の肖像権

国によって違う、著作権/肖像権の保護
厳しい規制は表現の可能性の幅を狭めている?

※「報道写真」シリーズについて
モナリザもヒットラーも同一線上にいる
報道写真は、撮った人も、撮られた年代も場所も、被写体もバラバラ。ピックアップして同じサイズで並べることによって、時間・空間もバラバラのところにある被写体が同一線上に並ぶ。


※絵画?写真?に対する屈折した愛?
「写真とは何か」について問いかけている?

※科学技術の発達や文明の進歩によって、私たちはかつて見えていたものも、機械の介入なしには見えなくなってきている

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