石上純也


大学院1年 建築コース 藤巻直樹

授業内で発表できなかったので、ここで石上純也について述べようと思います。遅くなってしまい申し訳ありません。

石上純也(1974 - )
日本の建築家であり石上純也建築設計事務所主宰。神奈川工科大学KAIT 工房で日本建築学会賞、ヴェネツィア・ビエンナーレでは《アーキテクチャー・アズ・エアー》で金獅子賞など多数受賞。「建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?」、Another scale of architecture 展など多数の展覧会も行なっている。

アーキテクチャー・アズ・エアー
《アーキテクチャー・アズ・エア》(2010)幅と高さが約4メートル、奥行き約13メートルもある建築物でありながら、そこに存在しないかのように空間に溶け込む。朝霧のように儚い建築であり、建築と空間が曖昧にまざりあっている。建築に極限までの透明性、空気のような存在感になっている。

テーブル
《テーブル》(2005)9.5m×2.6m×1.1m の大きなテーブル。小さな建築をつくるように大きなテーブルをつくられている。設置前の天板はこぶたのしっぽのようにまるまっていて、脚はバナナのようにそっている。曲率などは構造解析をして決めている。 厚みは3mm で薄い紙のようにやわらかいが、かたちを保っている。少しさわると天板は水面に波紋が広がるように波打ち、液体のようにもみえてそこにのっている静物が浮いているようでもある。

ガラスのシャボン玉
《ガラスのシャボン玉》(2011)ガラスの板を内部圧によって宙に浮かせたドーム。9 メートル四方の正方形のガラス屋根は、床とのすき間にコンプレッサーで継続的に空気を送風され、 内側からの空気圧により、 気圧を一定に保たれている。しなやかに床の上で風に舞うシャボン玉のようにたわむ姿は、ふとこれが硬質なガラスであることを忘れてしまう。脇には、ケーススタディーの痕跡である割れたガラスの残骸が薄氷の破片のように重ねられている。

四角いふうせん
《四角いふうせん》(2007)高さ14m、幅13m、奥行7m の4階建てビル相当の巨大な金属の風船。1t の重さと同じ浮力で自重を打ち消す量のヘリウムが充墳されている。絶えずゆらりゆらりと動きながら、見ている人間が自分自身を映し出し、また周りを映し出して変化していく。

 石上純也は空間を変容させるという意識を、見るものに与えることが「建築家」であるという確固たるビジョンを持っている建築家である。今回は石上純也の建築作品ではなく、より実験的なプロジェクトを取り上げた。それは空間を変容させる、という石上純也の作品の中で、重要なことのひとつに微細なスケールの操作とその限界への挑戦ということがあげられると思ったからである。作者本人の言葉にも「いままで建築が備えることができなかった、できる限り多くのスケールを建築のなかに含めてゆくことはできないだろうか。建築の概念を広範にすることによってより多くのスケールを建築のなかに含めることができるかもしれないし、逆に範囲を変えなくても、さまざまなものをできるだけ小さく低密度にしてゆくことで、できるだけ多くを建築のなかにとりこんでいくこともできるかもしれない……」とあり、スケールというものがとても重要なものとして作品に反映されている。
 アーキテクチャー・アズ・エアでは0.9mm の圧縮材と0.02mm の引張材によって建築が建築として存在できる臨界点に迫っている。人が知覚する限界のスケールを探りながら、同時に構造体として成立させている。テーブルは、スケールが一般的なテーブルと比べるととても大きい。そのうえ材がとても薄い材でつくられている。触れると水紋のように揺らぐテーブルは、テーブルとしては使えない。しかしそれは私たちが知っている一般的なテーブルの成立条件のひとつにしか過ぎず、4 本足に支えられた四角い水平面という条件を成立させることで、テーブルをテーブルとして概念的に成立させている。また、ガラスのシャボン玉や四角い風船についてもスケールのおおきなものに操作を加えることで自立させ、同時にそのおおきなスケールのものを揺らがせるような自立条件を選択している。ガラスで出来ている巨大なシャボン玉がたわむ様子や、1t もの重さの風船が浮遊する姿を目の前にしたとき、その成り立ちは理解できるのに、スケールの操作によってなにか不思議さを残す。気に止めないと気にならないが、気が付けば空間全体のスケール感が一気に変わる。 石上純也は複雑化している建築の成立条件を解きほぐし、それを再構成することで建築のあり方を再定義している。
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新国誠一

大学院 油絵学科 1年 小林礼佳

新国誠一を紹介します。
1925年、新国誠一は仙台で生まれる。1952年詩誌「氷河」の同人となり、詩人としての活動を本格的に開始する。その後、「氷河」を脱退し「文芸東北」の同人となる。その頃から「象音詩」に繋がるものを発表する。1963年に刊行された『0音』では、はじめて「象形詩」「象音詩」という概念を提示する。しかし新国がやっていたことはアルファベット語圏のコンクリート・ポエトリーとほぼ同じ方法にたどり着くことになる。コンクリート・ポエトリーとは、「視覚詩」とも呼ばれ、文字や色面で表現される詩のことである。海外の動向を知るうちに目指す世界のあまりの類似に衝撃をうけ、国際的な運動に身を投じるようになる。1964年には「芸術研究協会(ASA)」を結成し、同名の機関誌を発行しながら世界各地の展覧会に参加する。世界的に重要な詩人の一人として位置づけられており、日本やドイツの教科書などにも作品が掲載されている。

右 窓  左 空隙
新国誠一 作品4_convert_20120114182130_convert_20120114185556


例えば「窓」(上の右)という作品では目、首、見という漢字を使いながら形を作り、違う意味に置き換えてしまうのが面白いと思った。同じ言葉や漢字をつなげると漢字の意味が抜き取られ、違うものに見えてくる。「空隙」(上の左)は字と図の関係を気にして作っているのがわかる。漢字の隙間に着目して空間を作るという発想が面白い。「さみだれ」(下の右)と「悪魔払い」(下の左)では、密集して言葉を配置するか、間隔をあけて配置するかで空間の大きさも変わる。
漢字は一文字だけで自立するが、組み合わせ方や並び方で他の意味も含ませたり、逆に意味を抜き取ってしまうようなことをやっている作家だと思った。

アニッシュカプーアの作品におけるスケールとその変容/ 風早小雪

版画院2年風早小雪です。
9月に発表したアニッシュカプーアについてまとめました。
当時はブログが無かったので、発表の履歴が残っておりません。
時間が経ってしまったので、少し記憶が曖昧ですが、よろしくお願いします。

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アニッシュ・カプーア

インド出身の現代彫刻家
作品はシンプルな形状の立体であるが、表面に光を反射する金属や光を吸収する染料などを用いている。


01 深い顔料の色で鑑賞者を惹き込む作品

初期は、立体の表面を顔料で覆う作品を多く制作し、次に岩盤のような床に切り込みや穴を開け、内部を顔料で覆うことにより洞窟の入口や大地の亀裂を思わせるような造形物を作るようになった。

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02 顔料を使った作品から、金属等の周りの風景を映し出す素材を作った作品へ

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シカゴの市街地 「クラウド・ゲート 」

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作品は、表面に光を反射する金属や光を吸収する染料などを用いており、非常にシンプルな形や素材から宇宙的な広がりを形成し、展示空間そのものを異空間に変換してしまう。
また、周りの風景を映し込むため、見る人、見る角度、見る時間等によって全く違う作品になる。
どこからどこまでが作品なのか、作品のスケールが曖昧になる。

03 神話世界や哲学的な考察から派生したコンセプトの作品

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テートモダン(ロンドン) 「Marsyas」

作品名でもあるマルシュアースはギリシャ神話に出てくる登場人物の名前である。
アポローンとマルシュアースは音楽で対決し、勝者は敗者を自由にしていいという条件で勝負した。
勝負に負けたマルシュアースは、プリュギアのカレーネーの洞窟で生きたまま皮剥ぎの目に遭った(傲慢の罪・ヒューブリス)。その時の血は河となりそれがマルシュアース河である。

この作品はマルシュアースの血や河(皮)を連想させる。テートモダンのスペースをふんだんに使ったスケールの大きい作品である。

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Royal Academy of Arts ロンドン「隅への射撃」 2008-2009年

ロンドンアカデミーでの個展の作品、赤いワックスで作られた車両は、ロンドンアカデミーの壁や扉をかすり、赤い跡を残しながら少しずつ移動する。巨大な大砲からは20分に一度ワックスの固まりが放たれ、そのパフォーマンスはワックス30トン分続く。
血糊のようなこれらの赤い作品は大量虐殺等を彷彿とさせる暴力的な作品。
ロンドンという場所性やイギリスによるインドの植民地支配の歴史等の関連を連想させる。

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グラン・パレ(パリ) 「Leviathan」
http://www.marthagarzon.com/contemporary_art/2011/05/monumenta-2011-leviathan-anish-kapoor/
2011年の5月から6月にかけてグラン・パレで展示されたインスタレーション作品。
リヴァイアサンは、旧約聖書に登場する海の怪物。
全てを飲み込む地獄の釜とも。この作品においては、観客は展示の順路において、作品の内側、外側を両方体験することができる。リヴァイアサンの体内と外を体感させる作品。

これらの視覚的、体験的な作品は神秘や官能といった原初的な感覚を沸き立たせている。



カプーアの作品は、初期は室内に展示できるサイズの彫刻作品が多いが、近年は空間そのものを変え、体感できるような巨大な作品が多くなってきている。


カプーアはインタビューの中でこのように話している

「建築家になるつもりはないが、彫刻にとってスケールはとても重要。スケールを通して観客は作品と対峙(たいじ)し関係を持つのです」

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110712/art11071208060004-n1.htm

カプーアの作品はどんどん拡大する傾向がある。彫刻としての作品から、作品を通して観客に「体感させること」が重要になってきているように思える。


また、授業時のディスカッションの中には、サイズを大きくしたことによって、初期の作品よりもかえって作品のスケールを小さくしているのではないか、という意見もでた。
初期の顔料を使った作品は、人を惹き込む深い色合いからブラックホールのようななんとも言えない空間の広がりを想像させる効果がある。


日本で見られるアニッシュカプーアの作品
金沢21世紀美術館
http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=30&d=5
立川のファーレ立川(安田火災ビル北側) 「山」 など


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授業のプレゼンでは、アニッシュカプーアのスケールの変容について取り上げ、自身の作品について少し触れました。
私は版画専攻で、作品制作時に、小さい試作品を作り、本番の作品の時に拡大するという手法を良くとります。
版画にかぎらず、ドローイングから絵画におこすときも、このようなことはよくされていると思います。

版画は、本来情報伝達手段(メディア)であり、多くの人に伝えるために大量に印刷することが目的とされていました。それゆえに、版画の複数性を保つためにも小さいサイズのものが、主流とされていました。
今日、テレビやインターネットなど、様々な情報伝達手段の発達により、メディアとしての版画の役割は終わり、現在は美術の一分野として扱われています。
複製芸術である版画という位置づけから現代アートとして確立させるために、タブローと同様の大きな版画を作られたり、版表現としてとらえ、立体やインスタレーションの方向に進んだり等現在版画は色んな広がりを見せています。
版画の技術や工芸的な美しさ、複数性、間接性といった版画の特性と、表現としての版画というのは私の制作のテーマでもあります。

私は今、「時間」や「記憶」をテーマに制作をしています。
それらの作品は来週からはじまる修了制作展において発表する予定です。
今回、スケールをテーマとした、幅が4mある版画作品を制作しました。
これはカプーアと同様に観客者に対して、作品を通して、作品の物質感や時間の流れを体感してもらうことを目的とし、このサイズで制作しました。

時間があったらぜひご覧下さい。

武蔵野美術大学卒業修了制作展
1/19-22 10:00-18:00 美術館展示室4

Katharina Fritsch ( カタリーナ・フリッチュ)

大学院1年 油絵コース  桂典子

あけましておめでとうございます。

授業内で発表できなかったので、ここでカタリーナ・フリッチュについて述べようと思います。
至らない点も多いので、補足などありましたらよろしくお願いします。

 カタリーナ・フリッチュは1956年にドイツで生まれた作家である。レコードを作品として発表したこともあるが、彫刻もしくはインスタレーションを主として制作しており、日本では、1999年に国立国際美術館での「身体のロゴス −ドイツからの14人の女性アーティストたち」や、2006年の金沢21世紀美術館で開催された「人間は自由なんだから:ゲント現代美術館コレクションより」展などに出品している。
 
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 フリッチュの作品を見るうえで重要なことの一つにスケール感がある。巨大なねずみが輪になって尻尾をからめていたり、小さなマリア像が立っていたり、プードルが集結して大きな円を作っているといった風に、ぱっと見た瞬間にそれが何であるか分かるにも関わらず絶対に何か違うといった違和感があるのはこの非現実的な大きさのためでもあると思われる。スケールだけに限らず、素材や色も影響している。型をつくり、石膏、ポリエステル、アルミなどの材料で鋳造して大量生産するという制作方法。型は自分の手で試行錯誤しながらつくりあげる一方で、そこから流し込み量産するという正反対の行為が共存し、さらに鮮やかな単色で彩られ不可思議なものができあがる。

 作者の言葉で『私はヴィジョンの閃きを見るのです。全く我を忘れている瞬間的閃きです。それから芸術制作に入るのですが、それはある種の再構築のようなものです。どのように隅々にいたるまでの細部を決定してそれを再構築するのか。また、どのように自分の体験を他の人に追体験させるのか。…それが伸び伸びと素直で自然な効果を与えるように、そして、極度に人工的なものを超えたところにごく自然なものが見つかるまで、つまりごく当り前に見えるまで、自分の内なるイメージとぴったり合うように意識して再構築するのです』とある。フリッチュは生きている中で出会った大切な記憶を思い起こさせるものをつくる、しかしそれはものの再現ではなく彼女の内にある形に寄りながら見る人も触れられるものをつくるのだ。

 多くの人が何か「分かる」と感じること、しかしそこに必ずズレが生じていながらも人の中身に触れられるような感覚が沸き起こること。これはフリッチュの言う『具体的な意味でも抽象的意味でも、これ以上はないという限界を見つけること』を見えるものとして形につくり上げたことによるものだと思う。

チェソヨン/朴甫耕

作品作家研究 2011.11.22(前半)

発表者:朴甫耕

書記:風早

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書記の風早です。今回授業で二人の発表だったので、箇条書きで失礼します。
コメントや補足等を御願いします。

作品写真追加しました!
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チェソヨン 韓国 釜山出身 1980年生まれ

韓国では有名でない大学の出身だが、現在、韓国で最も注目されている作家であり、オークションでは作品は高額で落札されている。

<作品について>
デニム生地を使って、韓国の町並みなどの風景をモチーフとした平面作品を作っている。
キャンバスに古いデニム等を縫い付け、細かい刺繍を施す作品が多いが、服のフォルムをそのまま利用した作品も制作している。
作品はとても写実的なものが多く、繊細だかスケールが大きい物が多い。

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Q. 朴さんはなぜこの作家が好きなのか?
チェソヨンは、自分の生活している風景を制作している。視点は上から下を見下ろす風景が印象的である。
釜山の作家は「見下ろす」視点の作品を作る人が多い。
(朴さん自身の作品も旅をしながら撮った写真を元にして、町並みを上から見下ろしたり、地図のような作品が多い)

山が多く、山の中に家が建っていたりするので、生活する風景が「見下ろす感じ」というのは、よく見る風景である。
この作家は油絵の具やアクリル絵の具といった素材ではなく、ジーンズや服といった日常的な素材を使って制作しているのが面白い。

<それに対してのコメント>
布を使っているのが問題ではないか。→普段使っているもの、消費しているもの
誰もが持っているものを使って、細かい風景を作ることができる。
作品を通して、見る人の見方も変わってくる。気づかされるものがある。


Q.ジーパンの素材はどこから入手するのか?
ジーパンを使い始めたのは大学2年の頃で、当初は家族や周りの人に貰ったり、古着のゴミ捨て場に拾いにいってきたが、現在は有名になったため、業者が送ってくれているらしい。

<それに対してのコメント>
<例>ボルタンスキーの作品
http://www.shift.jp.org/ja/archives/2010/06/christian_boltanski_no_mans_land.html
http://www.youtube.com/watch?v=dha9toNvhng

ホロコーストみたい。


Q.韓国の作家はなぜ建物や町並みを制作する人が多いのか?
韓国の風景は有機的、伝統的である。
山で生活する人は家賃が安い。チェソヨンも山で生活していた。
ジーンズを履いて生活している人は労働する人である。

<それに対してのコメント>
所得の低い人が作る作品は生活感が出やすいのではないだろうか。
傾斜の中に密集して建つ家々。韓国の町並みはとてもカラフル。坂や階段が多い。あとなぜか青い家が多い。
それらは日本では見られない風景である。
韓国の伝統的な建築が今もなお町並みの中に残っていて、それが韓国らしさを醸し出している。

youtubeでの作品紹介映像
http://www.youtube.com/watch?v=mPH0ezw3iTg
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