長谷川豪

大学院1年 建築コース 鎌田暁

大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。

建築家長谷川豪の展示「スタディーとリアル」の文章の和訳と、長谷川豪の紹介文、感想文です。

Study in Real

To me, creating architecture is the act of studying reality and expanding its boundaries.

Even after majoring in architectural design at university, getting practical experience at an architectural firm, and beginning my own practice, rather than feeling as if I had finished learning, the need to study became even stronger as I considered and created my buildings. Learn and study are similar words. "Learn" suggests being taught and acquiring a certain skill, while "study" refers to the act of examining something. The word "study" also includes the nuance of active engagement. It suggests research, effort, and artistic studies. In the architecture world, it is used to mean the trial manufacturing of a design through models, but the act of objectively gazing, thinking, modifying, and cultivating an idea that you have devised is truly a process of active study. Cultivating an idea is also a means of developing yourself. In a semi-conscious state, you transcend yourself through the reality of a project, and attempt to discover a new you. Once you get to that point, you have the sense that a previously unimaginable, new reality has emerged. Studying reality and expanding its boundaries are two sides of the same coin.

For this exhibition, I have begun an architectural expansion of a kindergarten in the city of Ishinomaki, which suffered extensive damage in the Great East Japan Earthquake, which occurred in March 2011. After the extremely small building I have designed is erected in the gallery's courtyard, it will be moved to the school in Miyagi Prefecture after the exhibition has ended.

We now know that in the face of an unforeseen disaster such as an earthquake, it is difficult to deal with the situation through learning alone. Of course, this is also true of other situations. It seems to me that in addition to repeatedly questioning many different aspects and pursuing a wide range of real projects, study is an indispensable part of our era, defined as it is by a sense of complexity and uncertainty.

The act of studying improves the quality of creation. In this exhibition, I hope to present the consistently real and studied responses that I have used in my projects of the past and my current project in Ishinomaki.


スタディとリアル

僕にとって建築をつくることは、現実に学び、現実を押し広げることである。

大学で建築の設計を学び、設計事務所で実務を学び、自分で設計活動を始めても学ぶことが終わらないどころか、建築を考え、つくるうえで、学ぶということがますます切実なものになった。「学ぶ」には、LearnとStudyがある。Learnは教えを受けて修得するという意味であるのに対し、Studyは「学ぶことそのもの」を意味する。能動的なニュアンスがStudyには含まれているようだ。研究とか努力とか習作といった意味ももつ。建築の世界では「スタディ模型」など設計のなかでつくられる試作という意味で使われるが、自分がつくった案を客観的に眺め、考え、改め、育てていく行為は、まさに自ら能動的に学んでいくプロセスでもある。自分の案を育てると同時に、自分自身を成長させようとしている。なかば無意識のうちに、現実のプロジェクトを通して自分自身を乗り越え、新たな自分を開こうとしている。そこまで来てようやく、思いがけない新たな現実が立ち現れてくる気がする。現実に学ぶことと現実を押し広げることは表裏一体だ。

この展覧会を機に、東日本大震災で被害を受けた石巻市のある幼稚園に建築を贈るプロジェクトを立ち上げた。とても小さな建築を設計し、TOTOギャラリー・間の中庭に建て、会期後にそれを幼稚園に移築する。今回の震災のような「想定外」の前では、修得したこと=Learnだけで対応することが困難であることを僕達は経験した。震災に限ったことではない。複雑で不確かな時代だとされるいま、その都度問いを繰り返しながら現実のプロジェクトに自ら迫っていくという姿勢、Studyが不可欠なのではないか。

学ぶということが、現実につくることの質を高めてくれる。展覧会では、僕がこれまで設計してきたプロジェクト、および石巻のプロジェクトにおける、StudyとRealの絶え間ない応答を見てもらいたいと思う。


作家研究1


ギャラリー間の屋外展示場にある時の鐘楼。
1階の部屋は観客が座り、2階は塀の外を覗く展望台になっている。



石巻鐘楼


保育園へ移築した後の鐘楼
ここでは1階が子供達を迎えにきた親たちの憩いの場になり、2階は子供達の秘密基地になるという。4階に据え付けられた鐘は、ある時間になると子供達により鳴らされる。街の未来である子供達が力強く鳴らす鐘の音は、震災で被害を受けた街に未来に向けて進んで行こうという勇気を与えるだろう。






ここからは、和訳した文章の筆者である建築家、長谷川豪の紹介をしたいと思います。

長谷川氏のデビュー作「森のなかの住宅」(2006年)は、家型の住宅であるが、切妻屋根の下に並べる7つの部屋もまた切妻型の天井である。屋根と天井の間の小屋裏を上空の光や風景を各部屋に運ぶ深い窓として捉え、家型という馴染みのある形の中に「斜め上」の意識の広がりを創出している。


作家研究4


作家研究2


森のなかの住宅
(2006年/長野県北佐久郡)
©長谷川豪建築設計事務所


続く「桜台の住宅」(2006年)では、4m角の大きなテーブルを住宅の真ん中につくる。これを全面トップライトの、個室に囲まれた明るい大きな余白として捉え、各個室にとって家具でもあり、庭でもあるという、個室とリビングの新しい関係性を提案している。


桜台の住宅


桜台の住宅
(2006年/三重県)
©新建築社写真部


「練馬のアパートメント」(2010年)では、集合住宅の各住戸に大きなテラスを併置する。L型、細長、縦長など個性的な形の半屋外空間が各住戸を特徴付けている。テラスとインテリアを等価に扱いスタディすることで、厚い外壁や戸境壁が塀のような軽いものの様に変容してきて、各住戸が敷地の中に孤立して建つ戸建住宅のような存在感となっている。都市の気配を集合住宅に取り込んだ作品となった。


練馬のアパートメント


練馬のアパートメント


練馬のアパートメント
(2010年/東京都練馬区)
©Iwan Baan


また、「森のピロティ」(2010年)は、6.5メートルの階高であるピロティの上の居室を9本の細い柱で支えている。このピロティは森の中の広場のような半屋外空間になっていて、森の縁が、まるで壁のようにピロティを包み込み、周辺の森と建築とを融合させている。空間のプロポーション、柱や梁のサイズと間隔、階段の位置のスタディを積み重ね、ピロティの解放感と囲まれ感、自然との連続性と空間の自律性の緊張関係を造り出した。住み手と建築、建築と周辺環境の関係を心地よくつなぐ空間を実現することで、高い評価を受けている。


作家研究5


作家研究6



森のピロティ
(2010年/群馬県吾妻郡)
©新建築社写真部


建築家長谷川豪は、建築を設計する時のテーマに、「余白」の空間を据えている。その「余白」の空間には、ある種の匿名性が備わっている。その空間を使う際は、見るものや住まい手の想像力を喚起させ、受け取り方の選択肢を広げる等の、場所と人がコミュニケーションをするという側面を持つ。
そんな空間が、長谷川豪の建築の中に生まれてくるには、彼の設計の仕事が都市部に集中していることに関係している。都市の中で建築をするという事は、場所やクライアントなど、考えれば考えるほどに情報量が多くなって複雑になっていく。建築とは、その中で解決される情報が多ければ多いほど良いとされるが、それらの条件への対応をただ積み重ねていくだけでは、鬱陶しいものになってしまう。そこで、この「余白」という空間は、そういった複雑な条件を解決するために用意する。また、それと同時にそこから一歩外へ出て、外側から見るような視点が住宅の中に欲しかったという。つまりそこでは、他の室内との関係性が変質し、自由になるような空間である。

だからこそ、そのスペースの捉え方次第で、家と人との様々な関係性が生まれてくる。それにより、余白の空間だけでなく、家自体や、周りの一部屋一部屋の意味上のスケールが変わるのである。

例えば、「森のなかの住宅」であれば、「小屋裏」が「光や風景を運ぶ深い窓」と意味を変える。
「桜台の住宅」であれば、「真ん中の大きなテーブル」が、「家具や庭、部屋」となり、
「練馬のアパートメント」であれば「マンションの各住戸」が「敷地に孤立して建つ戸建住宅」、
「森のピロティ」であれば、「森の木々」が「壁」、「ピロティ」が「森、部屋、」等となる。
その場所は、機能的な意味合い以上に、同じ場所でありながら、様々な空間体験が可能で、日々新しい空間の魅力を産み出していくためのものでもある。

自分も、周りの空間に変幻自在な空間性を産み出す「余白」という空間に興味をもっている。それはまるで、舞台のように様々な見せ場を造り出し、建築を物理的なスケールから解き放ってくれるものである。自分もこの、意味上のスケールの扱い方を自分の制作活動で伸ばしていこうと考えている。




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ユーリー・ノルシュテインについての日訳

油絵学科 院1年 亀山恵

ABOUT YURIY NORSHTEYN
Yuri Norstein, who has been working for years under the veteran Russian animator Ivan Ivanov-Vano, has emerged as one of the world’s leading animators. His film, The Tale of Tales , was considered the most artistic production to come out of Eastern Europe in years. The success of this film, as well as others such as Hedgehog in the Mist , The Vixen and the Hare , and The Heron and the Crane , is due to his unique style of multidimensional figures and backgrounds that have depth, roundness, and shading, giving a visual quality to his scenes seldom seen in other films. His humor is full of human observation, contrasting emotion over a broad scale from gaiety and laughter to sadness and disappointment. The fact that these moods are happening to animals and birds with their own particular environment provides an element of magic, and once again proves that the art of animation can bridge the biological barrier between human and animal worlds.

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Norstein recognizes that a film is composed of various elements. It contains myth, fantasy, cosmographic ideas, sound, absolute realism, and naturalism. The combined quality of these elements could be of great value, lifting animation above all other media, but so far he has not seen any film, short or long, able to make full use of such total potentialities. He holds that a feature-length film should not only tell a story but present the richness of human life, make full use of the specific properties of animation, and look for its own way of development.

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Despite its simple beauty, “Tale” was not made with children in mind. In the sequence imagining the huge losses Russia experienced in World War II, couples dance to the famous tango “Weary Sun.” Every time the old record skips, one man disappears from the frame and then the women dance alone.
Norstein says “Tale of Tales” is a film about the way memory is conjured up. He says the role of the artist is to allow people to “experience life yet unlived. This is the most significant thing we can get from art.”




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ノルシュテインについて
ユーリー・ノルシュテイン(ロシアのベテランアニメーターであるイヴァン イヴァノフ ヴァノのもとで何年も働いている)は世界をリードするアニメーターのうちのひとりとして現れた。彼のフィルム、「話の話」は旧体制の東ヨーロッパから出現したもっとも芸術的な作品としてみなされた。成功したこのフィルムは「霧の中のハリネズミ」「キツネとウサギ」「アオサギとツル」のような他の作品と同様に彼のユニークな手法である画像と背景がもつ深みや完全さや陰影づけのために、めったに他のフィルムの中で見ることの無い視覚的なクオリティーを彼のシーンに与えている。彼のユーモアーは人間観察に満ちあふれていて、陽気さや笑いから悲しみや失望への広大なスケールで超える感情を対照的にみせている。
これらの雰囲気が独自の環境を持った動物や鳥たちにも起こっているという事実が、魔法の要素を提供し、それがまた、アメーションという芸術は人間と動物世界との間の生物学的な境を超えることが出来ることを立証する。


ノルシュテインは一本のフィルムが様々な要素で構成されていることを、認識しています。それは、神話、ファンタジー、宇宙構造的な考え、音、徹底的なリアリズム、そして自然主義を含んでいる。これらの要素が結合した特性は素晴らしい価値になり、すべての他のメディアより上にアニメーションを引き上げる。しかし、長くても短くても、このような全体の潜在力をフルに使うことができるようなフィルムをこれまで彼はみたことがなかった。彼は長編フィルムはひとつの物語を語るだけでなく、人間の人生に豊かさを与えるべきだと思っている。アニメーション独特の特性をフルに使い、その独自の発展法を模索している。


シンプルな美しさにも関わらず、「話」は子供達を念頭において作られていない。第二次世界大戦において、ロシアが経験した莫大な喪失を想像させる場面で、カップルたちが有名なタンゴの「weary sun」を踊る。古いレコードの針が飛ぶたびに、一人の男性がフレームから姿をけし、それから女性は一人でダンスする。
ノルシュテインは「話の話」は、記憶というものが、いかに魔法にかけられるかについてのフィルムであると言っている。彼は芸術家の役目は「人々にまだ生きてない人生を経験することを許すことだ。これは私たちが芸術から得られるもっとも重要なことである」と言っている。




「jazz」 henri matisse

「Jazz」Henri Matisse
(ガッシュでステンシルした版画作品20枚から構成される挿絵本/1947年)

油絵学科 院1年 亀山 恵



 マティスは、ボナールと並んで、自身の制作において非常に強く影響を受けた作家である。
今回、私が取り上げるのは、アンリ・マティスの「jazz」という作品だ。
紹介するにはあまりにも有名な作家ではあるが、晩年に制作された、この「jazz」という作品は、彼にとってモニュメント的な作品であり、自伝的な性格も強く含んでいる。
この作品をピックアップして、改めてみてみると、この天才もまた、制作や人生の苦悩を抱えながら生きた一人の人間であったことがわかる。そして、生涯自分の芸術を追求しつづけた一人の芸術家であったことが伺えて、素直に私自身も、勇気づけらる思いがする。
 
 また、「jazz」に寄せられた彼自身の詩のような文章も、彼の作品に流れる精神をとてもよく表していて、特に私は、「le bouquet」(花束)という文章が、みずみずしく、好きだったので、さいごにのせておこうと思う。



jazz



第二次世界大戦中の1943年、73歳を迎えようとしていた画家アンリ・マティスは美術雑誌「ヴェルヴ」を出版していたテリアードから、色刷りの版画作品による挿絵本の制作依頼を受けた。
出版部数が少なかったにもかかわらず、作品が持つ即興的な性質による臨場感やのびやかさは、戦争から復興する時代の空気にあっていたのか、戦後のパリだけでなく、熱狂的に受け入れられた。
 「jazz」は、すでに1943年に始められていた一連の「切り紙絵」を原型にして、型紙がつくられ、それを版にしてステンシル技法で刷られた20枚の色刷図版からなる、挿絵本である。図版の多くは、サーカス、伝説や神話の世界、戦争、彼の人生や旅の記憶のイメージから引き出されている。また、絵の具は彼が切り紙絵の時に使用するガッシュがつかわれた。

 「jazz」の制作以前に、マティスは、ボード・レールやマラルメなど多種多様な作家の作品に挿絵をしてきた。彼は「本の芸術」の領域でもその才能をみせていく。マティスにとって、挿絵は一連のテクストの意味を繰り返すことはまったく論外であり、むしろそこに潜在する何らかの意味をあらわにするような造形的な移し替えをテキストに提供することが、重要のようだ。
 彼は「書物は模倣的な挿絵で補完される必要のないもののはずである。画家と書き手は共に、自らの役目を混同すること無く、並行して効果を与えなければならない。デッサンは詩の造形的な等価物でなければならない。絵と言葉の関係は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの関係ではなく、協奏曲における対等なふたつのパートなのだというべきだろう。」という言葉を残している。
 彼は、読みやすさと見やすさという二元性を完全にコントロールするために、紙や、活字の選択、レイアウトなど全体にわたって目をとおし、線の肥痩と色彩の配分を計算し、とりわけ余白の効果を証明してみせている。
「jazz」では、彼自身の手書き文字の大きさや大胆な筆致が独立した視覚的な要素を構成し、切り紙絵と隣りあっていても、充分にそのグラフィックな特徴を保っているといえるだろう。

 1939年に宣戦が布告されると、マティスはブラジルに渡ることをもくろむが、ドイツの侵略により、フランスにとどまることを余儀なくされた。何年もつづく第二次世界大戦は彼とその家族を苦しめた。妻、アメリーと娘のマグリットはレジスタンスに参加し、ゲシュタポによって投獄されるなど、マティスの身辺は深刻な問題に満ちていた。それに加えて、数年前から彼は体調をくずし、絵筆を持ち、絵を描くことが次第に困難になっていた。特に1941年の1月から3月にわたっては、腸の大手術を続けて何度もしなければならず、それはほとんど、不治の病であった。
しかし、予想に反して彼は助かり、そのことが、彼に「第2の人生」を授かったという思いにさせた。
 この時以降、マティスは1日の多くの時間をベッドの上で過ごすことになる。しかし、この肉体的な挫折は、彼の芸術表現を新たなステージへとむかわせることとなった。
そして、それは彼の生涯の最後のもっとも輝かしい局面の開始であったと言えるだろう。

 この大病を患う前から彼は体力的にも、あまり長くは立っていられなくなった為に、座るか横になるかして、助手の助けを借りながら、長い時間をデッサンに費やした。それは、線の確かさと柔軟さによって輝くばかりの完成度に達する。まるで白い紙が、線の豊かさ、数、そして互いの距離によって「色合い」を与えられ、その空間が自ら発光するかのようである。
「彼が紙に線を引くと、その紙は白紙であった時よりも一層白くなるといってよかろう」と、彼の友人でもある文筆家のルイ・アラゴンは1942年に指摘している。
 モデルなどモチーフをもとに描いたとしても、それはマティスの言葉を借りれば、「モデルは「跳躍台」であり、それは一つの扉」にすぎないのだ。モデルの意義が常に、アラゴンの言うところの「一目惚れ」であったとしても、一見逆説的だが、モデルは画家をモデルそのものから解放し、主題、例えば、「線の飛躍」を可能にさせる存在であった。
しかし、ここにきても、彼が初期から問題としていた「デッサンと色彩の葛藤」は解決されなかった。その頃、マティスは絵画の可能性に満足していないことを述べていた。素描と色彩は彼にとって、一体化したひとつのものとは思えなくなっていた。
「私の素描と絵画は分離している」と友人でもある画家のピエール・ボナールにむけた手紙のなかで言っている。
 
 やがて、彼の絵画は、極めて平面的で、線描はかろうじて輪郭線がある程度で、構成の単純化と色彩の純化はしだいに激しくなっていき、説明的なものからそれて、空間や対象を喚起する方へと向かっていった。
 そして、大病を経て、彼は絵筆をはさみに持ち替え、以前試したことのある切り紙絵を本格的に用いて制作することにした。極端なまでに手段をそぎ落とした切り紙は、この展開の論理的な頂点だと言える。それまでに彼が制作してきた絵画のすべてはすでに切り紙絵に向けての準備段階であったとも言えるかもしれない。
マティスにとって、素描と絵画の葛藤はここにきてようやく解決されたのだ。

 彼の助手が紙にガッシュで色を塗った後、画家はそこに、あらかじめ下絵をつくることなく、直接切り抜いていく。輪郭と彩色された表面を、同時に決定するのである。彼はこの表現手段によって、ようやく「同一の動作で色彩と素描とをひとつに結びつけること」に達することができた。
 彼はこう述べている。「はさみを使うと、鉛筆や木炭より以上に線の間隔をつかむことができる。」「切り紙によって、色彩の中でデッサンすることが可能となりました。私にとって、単純化が問題だったのです。輪郭を描いて、そこに色彩をおき、両者に互いに修正をほどこしながら作業を進めるかわりに、前者と後者が入れ替わり、私は、直接色彩の中でデッサンします。色彩は移し替えられない分だけいっそう調子が保たれます。この単純化は、2つの表現手段を明確にひとつに融合させることだけを保証します。デッサンと色彩はもはや一つのものでしかなくなるのです。この表現方式を練習目的で用いることを私はけっして勧めません。これは出発点ではなく、到達点なのです。」
 また、この表現手段は素描と色彩の融合を成功させただけでなく、絵画と彫刻を結びつけるものにまでなったといえる。
「はさみで素描する ― 色のなかにじかに切り込むことは彫刻家の直彫りを思い起こさせる」とマティスは「jazz」の中に記している。

 「jazz」というタイトルをつけたのは、テリアードだが、マティスは、切り紙絵の構成が、音楽のジャズの精神に沿っていると同感していることがうかがえる。
ジャズは定められた形式の範囲内で、基礎リズムの上で即興リズムを奏でる自由な特徴を持っている。マティスが自身の作品を、ひとつの定められた形式のなかでの主題の自由な即興とみなしていたことはありうるのではないだろうか。
 ジャズ音楽では、楽曲と演奏のあいだの相反する要素や時間の間をミュージシャンが克服するように、「jazz」もまた、スケッチと油彩画とのあいだの相反する要素や、時間的な間を切り絵がまとめている。
 
「jazz」は、マティスにとってモニュメント的な作品であると言えるだろう。「jazz」は本文のために制作されたものではなく、むしろ、彼の跳躍するイメージによせるためにつくられた。そして、それと同時に、彼自身の芸術に対しての黙想録であり、自伝的な性格をもっている。
 切り紙絵とそれに添えられたマティス自身によるテキストは、ひとつの技法についての自己表明であり、一人の画家の宣言とも言えるものであったのだ。

「jazz」のマティスによる文章から抜粋

Le bouquet.

Dans une promenade au jardin je cueille fleur
après fleur pour les masser
dans le creux de mon bras l'une après l'autre
au hasard de la cueillette

je rentre à la maison avec l'idée de peindre ces fleurs
après en avoir fait un arrangement
à ma façon quelle déception:tout leur charme
est perdu dans cet arrangement
qu'est-il donc arrivé?

L'assemblarge inconscient fait pendant la cueillette
avec le goût qui m'a fait aller
d'une fleur à l'autre est remplacé par un arrangement
volontaire sorti de réminiscences
de bouquets morts depuis longtemps,qui ont laissé
dans mon souvenir leur charme
d'alors dont j'ai chargé ce nouveau bouquet

renoir m'a dit << quand j'ai arrangé un bouquet
pour le peindre, je m'arrête sur le côté
que je n'avais pas prévu >>


花束

庭を散歩しながら、私はつぎからつぎへと
花を摘んでは無造作に集め
腕一杯に抱えていく

これらの花々を描くつもりで家に戻る。 自分なりのやり方で
それらを活けた途端、なんという失望か
花々の魅力は活けることで失われてしまった。
一体どういうことだろう。

つぎつぎに花を集めている最中の無造作な束ね方が、
今はずっと昔に枯れた花束の記憶をもとにした
わざとらしいい活け方にとって代わられている。
かつての花束の魅力が私の心に残り続け、
そのために私は新しい花に負担をかけている。

ルノワールはかつて私にこう言った。「私は
描くためにいったん花束を活けてみて、
思いがけない側を前に選ぶ」


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私が授業「作家・作品研究」を通して感じた事

武蔵野美術大学大学院修士課程1年 油絵 松下広樹
 私は「作家・作品研究」の授業を一年間受講して、最も痛感したのは、分析及び解釈の難しさ、そして他論を受け入れる事の大切さだろう。
 前期、後期を通して、十数人の作家についての発表をした。前期は自分の好きな作家を英語で説明するというものだった。語学力の勉強にも繋がっていたように私は感じた。(前期発表した作家は建築家マヤ・リン、デザイナーメアリー・ブレアー、画家リチャード・ダッド、奈良美智等)後期は自分の好きな作家を分析、説明すると同時に「スケール」というものについて話し合った。「スケール」は全ての違い、大小の違い、印象の違い、様々な意見があった。(後期発表した作家は現代作家トーマス・ルフ、名和晃平、アレックス・カッツ、画家ズジスワフ・ベクシンスキー等)
 後期私がベクシンスキーの作品に関する解釈を発表した時、他方では全く異なる解釈があり、討論になる場面もあった。自分が尊重する作家に対する価値観が違うのは分かり切ってはいるが、実際に同じ分野に精通している者同士、否定の言葉が出たりした時、お互い引かない状態になる事もある。しかしそういう話し合いがあるから、客観的に物事を考えられるようになってくるんだと感じる。私の考えだが、このような個人の性格、価値観の違い等も「スケール」と例えられると思う。その他美術の流れについて自分達が感じている様々な矛盾、口では説明できない不思議に感じる美術以外の出来事(例えば生活用品、建物、その他全ての物体の形に対する固定認識化、個人の生活リズム、なぜ美術の話し合いを今自分達がしているのか?)そういった事全てが「スケール」であり、私生活の中で体感していても、簡略化してまとめられない高度な内容だと私は考える。自分の作品についてだが、私は自画像をメインに色々なテーマを合わせて制作を行っているが、自分の作品がどのような印象に見えるかをもう一度考えていきたいと思っている。私にとって「作家・作品研究」の授業とは学生同士が作家やその他の疑問に自分が感じている事を話し合い、周りと意見を交換し合い自分の制作や考えに対する客観性を高めていく授業だった。この授業でや知った作家さん達の情報や、学んだ事を、2年の修了制作に活かしていきたいという気持ちが強い。美術を学ぶにあたって、まだ覚醒していなかった部分が、この授業を受講する事によって目覚めた気がする。

塩田千春/高橋妙佳

作品作家研究 2011.11.22 (後半)

発表者:高橋妙佳

書記:風早小雪


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書記の風早です。
今回は二人発表者がいたこともあり、ディスカッションの時間が少なかったので、塩田千春の作品、高橋さんの作品についてブログの方でもディスカッション等できれば良いなと思います。
また、席が遠かったため聞き取れなかった部分もあるので補足等ありましたらよろしく御願いします。

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塩田千春
1979年生まれの大阪出身の現代作家
京都精華大学卒業後、オーストラリア国立大学、ハンブルク美術大学、ブラウンシュバイク美術大学に留学し、ベルリン芸術大学(UDK)にてレベッカ・ホルンに師事。
http://www.chiharu-shiota.com/jp/

パフォーマンスやインスタレーションをする作家で、女性性をテーマとし、内面的な物や体験を作品化し、見る人にとっても体験できるような制作をしている。

<作品紹介>
「絵になること」
絵になること

学生時代の作品で、赤い塗料を被り、自分自身が絵画になるという作品。


「バスルーム」
バスルーム

人が使っていたバスタブを使い、泥を入れて入浴したり、泥で顔を洗ったりするパフォーマンス
洗っているのが汚しているのか


「皮膚からの記憶」
皮膚からの記憶

シャワーで泥のついたドレスを洗い流す作品
洗っても洗っても拭い取ることのできない皮膚に張り付いた記憶


「眠っている間に」
眠っている間に

精神病棟から持ってきたベットを並べ、糸を張り巡らす
そこで作家が寝たりするパフォーマンス作品


<作品を見ての感想>
メタファーっぽい作品。
ストーリーを視覚化するような作品が多いように思える。


Q.なぜ塩田千春を選んだのか?
女性作家のパフォーマンスは自分を傷つけたり、泥を付けたり等の感覚的、フィジカルなテーマを扱っている人が多い。
自分の体を使ったパフォーマンスが多い→リアリティの追求。女性のリアリティ。

<例1>自分の血を使って、雪を降らしたり、汗でソルティドックを作って飲む作品。
<例2>カミソリで切ったりする作品
<例3>男性の作家で、作家に対して友達(?)に銃を撃たせて、記録を作るという作品を作った人がいる

Q2.塩田千春と高橋さんの作品の関連性について
身体、女性性に最近興味がある。
自分の身体は器みたいに感じる。

自傷行為の感覚(高橋さんの作品に関して)
→銅版画は版に傷をつけて描画する。傷を付けたところにインクが詰まり、刷るとったときにイメージになる。
銅版画に自分を象って描くということは直接的ではないが、自分自身を傷つけている感じ。

塩田千春の作品のように自分自身をテーマとするなら、絵画的な表現よりもパフォーマンスの方が伝わりやすいのではないか。

<例>イブ・クライン
http://ja.wikipedia.org/wiki/イヴ・クライン
<例>入れ墨を入れる映像作品
<例>ボディペインティングの作品
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